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大阪地方裁判所 昭和46年(わ)630号 判決

主文

1  被告人を罰金三万円に処する。

2  右罰金を完納することができないときは、金一〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

3  訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

罪となるべき事実

被告人は外国人であって、韓国の釜山港を出港して昭和三九年一一月三〇日ころ本邦に上陸入国し、そのころから大阪市生野区田島町二丁目二四九番地の父金鳳賢方に居住していたものであるが、右上陸の日から六〇日以内に大阪市生野区長に対してするべき外国人登録の申請をしないで、その期間をこえて昭和四六年二月二八日ころまで本邦に居住在留したものである。

証拠の標目≪省略≫

法令の適用

1  外国人登録法一八条一項一号、三条一項(罰金刑選択)(被告人は昭和一九年日本で生れ三才ころ母とともに済州島に帰ったものであること、父を求めて来邦しようやくにして得た父子同居であったこと、在留生活の態様は専ら父方に居住して静かに父の履物製造下請業の手伝をしていたものであること、本件審理の過程において、裁判所と弁護人らとの間に幾度か緊迫する場面があったが、被告人、その父及びその知人である傍聴人は終始冷静、静粛に審理を見守っており、被告人は本来秩序を尊重する人柄であることがうかがわれたこと、その他諸般の情状を考慮して罰金刑を選択する)

2  刑法一八条

3  刑訴法一八一条一項本文

弁護人らの主張に対する判断

一、弁護人らは、外国人登録法一八条は憲法一三条、一四条、三一条に違反する。何故ならば外登法の立法目的は日本国民についての住民基本台帳法及び戸籍法の立法目的に対応するものである。ところが日本人の右二法の届出義務違反の制裁は過料にすぎないのに、外国人の外登法の申請義務違反の制裁は一年以下の懲役もしくは禁錮又は三万円以下の罰金(懲役又は禁錮及び罰金を併科することもできる)であって不当に重く、かつ外登法の運用の実態は在日朝鮮人管理法ともいいうるもので今日まで三〇万人にも捜査権を発動し政治的意図をもって運用されている。そして歴史的事情からいって一般外国人以上に保護されるべき在日朝鮮人の幸福追求の権利を侵害し、日本国民とくらべて許さるべくもない不合理・不当な差別をし、さらに社会通念からみての罰刑の均衡を破る合理的理由のない不当に重い刑罰を定めているのが外登法一八条であると主張する。

外登法は、本邦に在留する外国人の登録を実施することによって、外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資することを目的とする。外国人の居住も公共の福祉に反しない限り自由(憲法二二条)であるが、各国民が各自国家を形成し、窮極の理想は別として第一段においては、それぞれまず自国民の福祉を保持することを先とする現実においては、それぞれの憲法が公共の福祉の立場から外国人につき自国民と同じ把握をもって足るとはいえず、その居住、身分関係の手続違反に対し自国民以上の合理的な規制を容認することは認められるべきであってわが憲法もこの趣旨を除外するものではないと解される。諸外国においても自国民の居住関係及び身分関係を明確にする制度とは別に外国人登録制度が行われており、その登録不申請に対しては多数の国において懲役以下の刑罰その他の制裁を定めている(法務研究報告書四六集九号参照)。

憲法一三条、一四条一項は、特段の事由のない限り、何人にも、すなわち外国人に対しても類推さるべきであるが、原則として他国に所属し、他国民としての立場を有する外国人を、本邦の支配下に存在させてこれを把握する外国人登録という外国人についての最も基礎をなす面においては、自国の支配下に存在させることが当然であり、原則として他国と関係がなく、その居住、身分関係も主として公証、生活の利便、行政の合理化に資するためであり、届出違反があっても人的、時間的、場所的、諸関係から外国人に比して把握しやすい自国民についての、住民基本台帳法、戸籍法の規制と異なり、外国人の居住、身分関係の把握においては公証、利便等のみでなく公正な管理が必要であって、より高い規制を必要とすることもやむをえないところがあるので(そのため諸外国にも前記のような制度、規制が存在する)、外登法一八条の登録不申請に対する罰則が住民基本台帳法及び戸籍法の届出義務違反の制裁より相当程度重いことも、(憲法各条に具体的に保障されている権利自由の根底に存する権利といわれる)外国人の自由及び幸福追求に対する権利の尊重についての公共の福祉の立場からする制約としてやむをえないものといいうるし、自国民と外国人との間における前記差異よりするやむをえない合理的な規制の違いといいうる。また憲法三一条の「法律に定める手続による」には適正な要件をも含めるのが相当であると解するけれども、相当な理由があって設けられた法律に刑を定めるにあたり、その罪の種類、態様、程度に従って、いかなる範囲の刑を科すべきものとするかは、著しい罪刑の不均衡のない限り立法機関に委ねられた立法政策の問題であるところ、外国人登録不申請に対し定められた外登法一八条所定の刑は一年以下の懲役もしくは禁錮、又は三万円以下の罰金あるいは右懲役又は禁錮及び罰金の併科であって、その種類、程度、さらには執行猶予の制度・運用等から考えると、前述の公正な管理に資するための規制の必要性と諸外国の側からみて、立法政策で認められる限度を超えて著しく罪刑の均衡を破り不当に重い刑罰を定めたものとはいえない。よって外登法一八条の登録不申請に対する刑罰の規定は憲法一三条、一四条、三一条に違反するとはいえない。

なお、外登法は、すべての外国人に適用されるものであって、特に朝鮮人に対してむけられたものでないことは明らかであり、朝鮮(韓国)人は我国と密接な歴史的関係を有するが、外登法の関係においては、独立な他国民としての立場を有する外国人といわざるをえないものであり、また捜査権の発動が厳格に行われていることをもって外登法の適用が違憲というわけにもいかない。

二、次に弁護人らは、外登法三条一項所定の新規登録申請義務は不法入国者に適用されないと解するのが憲法三八条一項に適合する解釈である。従って同法一八条一項一号は不法入国者の不申請行為を処罰するものではない。何故ならば外国人の新規登録の申請は、旅券と申請書等を提出してしなければならないが、不法入国者が旅券を提出できないことは自明であるし、外登法四条五条に定める原票登録事項、登録証明書記載事項は、すべて旅券と申請書に基づいて登録・記載されるのであって外登法三条、四条は出入国管理令と密接に関連して成立しているところ、不法入国者に登録義務を課し、その不申請に対し処罰できるとすると、その者は旅券を有せず、かつ上陸した出入国港、旅券番号、旅券発行の年月日、上陸許可の年月日、在留資格在留期間等の事項もない旨明示ないしは黙示に表示して登録申請行為すなわち不法入国の事実の供述を強要される結果となるが(虚偽申請すればこれは犯罪となる)、このときは出入国管理令六二条により市町村職員から不法入国者として入国審査官等に通報される等して退去強制と同令七〇条の刑罰が待ちうける結果となり、このような事態の起きる行為を義務として課すことは憲法三八条一項に違反することになるので、外登法三条一項は不法入国者に新規登録申請義務を課すものではないと解さねばならぬ。また右登録申請義務は法の文理上からも適法に本邦に在留する外国人に対してのみ課しているものと解されると主張する。

外登法上の外国人は、同法二条の外国人の定義において不法入国者を除外していないし、同法により外国人に登録申請義務を課するのは同法一条の目的からいっても、現に本邦に在留する外国人中同法二条に定める一時的滞在以外の一切の外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめて公正な管理に資する必要があるからであって、その在留するに至った原因、目的等の如何により右関係を明確ならしめなくてもよいとするものでないことは多言を要しない。そして右目的の外国人の登録は本邦に出入国する者の出入国それ自身の公正な管理を目的とするものでないから出入国申請とは直接の関係がないのである。そして外登法三条一項に旅券を提出して申請するよう規定してあるからといっても、これは旅券を持っているのが通常の姿であるからと解され(同法三条一項には出生等による新規登録も旅券を提出してしなければならぬように一応認めるが、出生の場合など旅券の提出を求める法意でないことは当然であろう。また旅券の紛失も考えられうる。)、同法三条一項は旅券を所持する者のみに登録申請義務を課している規定というわけにはいかない。ところでこのように不法入国の在留者にも登録申請義務があるとすると、市区町村長に対する登録申請によって間接に捜査官憲に対し不法入国犯罪捜査の端緒を提供することになって刑事責任に導くおそれのあることは否定しえない(外登令は外登法と異なり旅券の提出を定めていなかった)ので憲法三八条一項に違反しないかの検討を要することになるのであるが、憲法三八条一項によって保障される刑事責任に関する自己負罪拒否の特権(黙秘権)といえども絶対無制限のものでないところ、不法入国して在留者の新規登録申請は、旅券を提出できず、外登法施行規則二条所定の別記第一号様式によるもある部分について空白あるものとならざるをえないが、(虚偽申請をしうる余地がある観点から理由づけるべきでない)、それは外国人たる身分と本邦在留の事実それ自体に基づき居住、身分関係を明確にするための登録申請であって、不法入国の犯罪事実自体についての黙秘権を破ってその申告を要求しているものではないし、右登録申請は市区町村長に対してする行政手続で、申請時直ちに捜査に移行するものでなく(外登法一五条の二の事実の調査は、申請内容が事実に反することを疑うに足りる相当な理由がある場合、登録の正確を図るためその限度で行うものにすぎない)、通報・告発をまって間接的に捜査の端緒を提供し、ひいて刑事責任に導かれるおそれあるにすぎないものである。そして国家がその責務と機能を行使するための重要前提として、領土内に在留するすべての一般人について、その居住、身分関係を明確ならしめて正確に把握する必要のあることは内国人たると外国人たるとを問わないものであるうえ、外国人の新規登録は原則として他国に属し他国民としての立場を有する外国人を本邦の支配下に存在させることについての最も基礎的な把握管理であるから、国家の責務、権能行使の基本からいっても、その居住身分関係の把握を欠くも致し方のないものがあるとして放置することは国家として許容しがたいところであるから、本邦という他国に在留する外国人がその在留するに至った原因の如何にかかわらず、その在留する国である本邦の居住関係等の把握管理の規制に服する義務を負担することはやむをえないところであり、不法入国の在留者に新規登録の申請をさせることが、たとえ前記のように間接的に刑事責任に関する黙秘をなにがしかは侵害する結果になる場合があるとしても許さるべきであり、市区町村長に対し提出しなければならないとされている旅券の提出のできないまま、定められた様式の申請者に可能な事項を記載してする新規登録申請という程度の間接的な黙秘権の制限は、本邦に在留する外国人の黙秘権に内在する制約として是認されなければならないものがあるといわざるをえない。(最判大法昭三一、一二、二六。東高判三刑昭四七、五、二九、判例時報六七三号参照)。よって弁護人のこの点の主張も採用しない。

三、次に弁護人らは、被告人に登録申請を期待することは不可能であった。何故ならば外登法の運用は形式犯に対しても一〇〇%に近く、出入国管理令の運用をみても日韓条約締結以後は韓国籍取得、協定永住権申請か、あるいは退去強制かの二者択一を迫り、在日朝鮮人で特別在留許可を受けたものは歴然と少くなっており、被告人が外登法の申請をすれば密入国の事実が露見することは必至であり、それは退去強制事由に該当し被告人が日本に在留するためには特別在留許可を受けるしか方法がないが、被告人は朝鮮南部の出身であっても、朝鮮民主主義人民共和国を父とともに自己の祖国としているので、特別在留許可を受けて父とともに日本で生活できると考えることを期待するのは不可能である。その顕著な事実は昭和四五年に被告人の母が夫と被告人に会うため日本にきた際直ちに大村収容所に収容されたが、夫が面会に行っても韓国では同人をアカとみているので同人に会ったことがわかればあとが恐ろしいからたびたび面会にこないでほしい旨懇請し、結局韓国へ強制送還されたということである。被告人はかかる事実を体験し、自分の密入国が発見すれば自分も母と同様に強制送還されると考えたことは合理的であり、父子の離別を意味する登録申請を期待することは不可能であった。そもそも被告人は日本に生まれ、日本の敗戦により母、兄弟らと故郷に帰ったものであり、父も借金等を整理して帰郷のはずであったが、故郷のある朝鮮南部のファッショ的体制と戦乱は、同人を在日朝鮮人総連合の一員として、また朝鮮民主主義人民共和国の公民として民族的・民主的権利擁護のためにたたかわせるにいたり故郷と往来することを出来なくさせた。被告人は故郷で貧窮のなかに成長したが、職らしい職につくこともできず、徴兵適令にもなり、苦難の生活のなかで父を求め父と生活することによって少しでも母や弟らの生活を助けようという強い念願から決死の思いで日本に入国したものであるが、父は右述の立場にあるので韓国から父のもとへの出国許可をうるなどということは不可能事に属し、被告人が正規手続をふまず日本に入国したことは何人も責めることができないことであると主張する。

期待可能性は期待する主体と期待される客体の緊張関係のなかにあることは否定しえないから、単に行為者の側からのみ論じて足るものでない。不法入国の外国人はすべて一応退去強制されるおそれがあるといえる。だからといってすべての不法入国者に外登法の登録申請の期待可能性がないなどということは外登法一条の目的からいってもとうてい認めることができないであろう。外登法の新規登録申請は先にも述べたように市区町村長に対する外国人としての在留事実自体に基づく居住関係等を明確にするためのもので、入国警備官等に対する不法入国事実自体についての申告がはないし、証ひょういん滅のような単にそのもととなる犯罪の捜査、審判を困難にしたり誤らしめたりするおそれのある行為と異なり、出入国とは別個独立に、在留の原因の如何をとわずすべての在留外国人の居住関係等を明確にして本邦における外国人の公正な管理に資するという重要な行政目的を有するものであり、右登録申請によって間接的に問題となってくる退去強制の点も法務大臣による特別在留許可の制度がある。またこれは突差に行為決定の迫られる緊急行為でもないし、過失犯の場合でもない。登録不申請の期待可能性は厳格に検討されなければならないと考えられる。

≪証拠省略≫によれば、被告人は昭和一九年大阪市に生れ、日本の敗戦があって昭和二二年ころ母、姉、兄、弟らとともに父より一足先きにということで祖母らのいる故郷の済州島に帰って成育したが、貧困と適当な就職先がないうえ父にも逢いたいので、母、姉弟らと別れ、帰郷しないまま大阪に在留している父をもとめて昭和三九年一一月釜山港を出港し、判示のように本邦に上陸して父方に居住在留するようになり、右入国以来昭和四六年二月末まで、ずっと父方において静かに履物製造下請業を手伝っていたもので、その間在日朝鮮人総連合会の支部の役員等をつとめる父等から話をきくなどして韓国で受けた教育に疑いをいだき朝鮮民主主義人民共和国を支持するようになっていったもので、外国人登録申請については特別在留許可の期待が抱けるころになって行うことを考えていたものであるが、特に韓国から政治的亡命者もしくは政治的難民として、または良心的兵役拒否者として本邦に入国したものでなく、本邦在留後も特に政治的に活動していたものでないことが認められる。そうだとすれば新規登録申請が間接的に出入国管理令の退去強制の手続が開始されることへの端緒となるおそれが大であり、判示不申請の期間当時、被告人としては登録申請をすれば終局的には退去強制されることになるので申請できない、まだまだそれができる時効でないと考えていたとしても、退去強制はあくまで間接的なことで、それに至るまでいくたの手続があって相当な期間が存在することであるし、その間法務大臣の特別在留許可も困難性はあろうか全くありえない場合とはいえないし(出入国管理令五〇条)、さらに終局的に退去強制されることになるとしても、被告人が選択する前記共和国へは、被告人の入国当時から相当の期間は、国に援助された赤十字社による新潟港から前記共和国への帰国の定期船便もあったときであり(公知の事実といえる、なお弁護人提出の畑田重夫外一名著朝鮮問題と日本一九〇頁)またかりに韓国に帰ることになったとしても、被告人の行為に対して被告人が当公判廷で述べるような死刑というような極刑が待っていたとは考えられないし、韓国は故郷で母、姉、弟がある。これらに外登法の目的、同法三条一項、一八条の登録申請の前記のような行政上の重要性、保護法益等をあわせ考えると、本件において判示当時被告人がおかれていた具体的事情のもとで、(一般人を標準として)被告人に登録申請することを期待することができなかったものがあるとは認められないので、弁護人のこの点の主張も採用することができない。

(裁判官 吉田治正)

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